2016/3/11 | 5年前の今日、そして地震が起こったその時刻にパソコンに向かっています。以前福島の保育関係者から呼んでいただきお話をさせてもらったとき「時間を巻き戻したい3月10日に」という無理はわかっているけれど考えてしまう辛い切実な声を聞きました。 考えればできないことばかりが頭をよぎります。奪われた命や学びや育ちや暮らしやつながりが元に戻ることはありません。しかし記憶や記録は残ります。そしてそれらと一番長く付き合っていかなければいけないのが子ども達です。元に戻ることは難しいけれど、安心して育つことのできる未来を作ることはできます。しかし、大人たちがその責任を果たせていないことに5年目の今、もっともっと感じています。 震災の年の8月、保育合研の全体会で被災地からの報告がありました、私も出番を待つ控え室で陸前高田の保育士さんと一緒になり、「表に出して言えない事がもっともっとあるんです、辛いです」と涙があふれる時間を一緒に過しました。そのひとときのことが忘れられなくて、その秋に岩手の保育関係者に呼んでいただいたときに岩手自治労連のWさんにお願いして再会できることになりました。もう1人の同僚と3人で一晩、泣いて、食べて、話して、笑って、また泣いてを繰り返しました。 そこをスタートに今でもお付き合いが続き、退職した彼女は今農業に励んでいます。元気にしていますが、様変わりした光景を目にすることや3月11日近くになると心がしんどくなることは今も変わりません。彼女に私ができることは何もないけれど、毎年お香を詰めたお花をおくっています。心がざわつくこの時期に同じ空気を共用することにしています。 子ども達にも、時間や気持ちをしっかりと共用できる空間や人がちゃんとあるでしょうか。背伸びしなくても、がんばらなくても、夢を語らなくても、今ここにいることで大人からOKを出してもらっているでしょうか。全国の子ども達も同じことが言えます。 大人たちの仕事が待っています。すべての原発を止めること、被災地の子ども達の成長が脅かされないこと、何より戦争する国にしないこと、まだまだありますが、考えたり話し合ったり、つながりを確認する日にしたいと思います。(いけぞえもと) |