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機関紙:ひゅうまん京都

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No.510 2019年5月号

No.509 2019年4月号

作者:渡辺あふるさん

「フラワーアレンジメント」

作者は渡辺あふるさん

表紙の絵の作者紹介

 渡辺あふるさんは1983年7月26日、千葉で生まれ、京都で育ちました。中等部2年から通った京都府立丹波養護学校を卒業後、「えびす屋」というパン屋さんで働いていました。ところがその店の奥さんが病気で倒れ、お店は一時休業になってしまいました。そのあと、家にいることが多くなり、そのとき、お母さんに勧められ絵を描きはじめました。
 「描くとき苦労するのはどんなところ?」と聞くと、「イメージが浮かんでくるのに時間がかかり、ここが一番難しいところ」、でも「イメージが浮かんだらぱっと仕上がる、途中で変わってしまうこともある」とのこと。
 この間数回個展を開き、多くの人に見てもらうことができました。
 毎月1回、このホームページの表紙を飾っていただきます。 なお、これまでの作品は「あふる美術館」としてまとめて収録しています。どうぞお楽しみください。

(京障連事務局長・池添素)

縦横無尽

2017/5/3
 4月29日の午後、92歳の母が亡くなりました。私は彼女の一人娘。しかし、なかなかお互いの気持ちがわかりにくく、必ずしも親子関係は良好とはいえない時間を長く過ごしてきました。このままでは悔いが残ると昨年の夏ごろから、母と突っ込んだ会話を意識してするようにしてきました。そして、昨年の年末大腸がんが発見され、時間の限りを知らされました。しかし、母は何処までも、自分で自分のことを、だれにも頼らずに暮らしたいとの思いが強い人でした。すべてのことを一人でこなし、様々な方と交友を深めていました。亡くなる直前まで元気だったので、彼女の死を知った方はどなたもびっくり。どこまでも元気でいたい、病気のことは誰にも知らせずに過ごしてきましたので、本当にたくさんの方を驚かせてしまいました。
 とはいえ、次第に体がしんどくなり、私や息子のお嫁さんが食事を運び始めました。それでも多分亡くなる2週間前まで洗濯を自分でしていました。2月ごろから食欲がなくなり、身体によいものを作り運びました。なにをどうしたかは、私はすっかり忘れてしまいましたが、それらが彼女の日記に全部記されています。
 亡くなる1週間前に、さすがに動けなくなり、介護保険を申請し、介護ベッドを入れ、手すりも配置しました。手すりは一度ほど使いましたが、それからベッドに寝た切りとなりました。ベッドの上でも、気になることを話しました。亡くなる二日前には、夫が亡くなった後も若い学者の先生方との交流が楽しかったことや、ひ孫たちに人の死はどういうものかを身をもって学んでほしいと思っていることなどを聞きました。亡くなる日の朝は、皆さんありがとうとはっきりと話し、感謝の気持ちを伝えてくれました。亡くなる1時間前には両手を合わせありがとうとその時ついていた孫に伝えました。もう見事としか言いようがない人生の終い方を見せてくれました。そして、徹夜の介護がそろそろ限界と思った矢先の終わりの作り方、私たちへの配慮も行き届き、亡くなった時も連休で、通夜や告別式はちょうどGWに入る手前。無事告別式を終え、今は5月3日の朝、気持ちを静めてこれを書いています。
 初めての高齢者介護、相手の気持ちになって考える、時間の工面をして食事を運び、話を聞く、私にとっては濃厚な時間が終わりましたしかしこれからが大変、これまた全く経験のない母がしてきた仕事を引き継がなくてはいけません。一つ終わりましたが、新しいステージの始まりです。

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