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☆2020/7/23更新☆
<きのうを振り返りあしたを見晴るかす❿>【「維新期」を説いなす】宮地正人の『幕末維新変革史』は、49章からできています。1868年の「明治維新」を挟む20年ほどを描いている書物です。
多くの人が知っている事柄に焦点を当て、その事項に関係するその当時の史料などを示して、出来事の意味を問い直します。もともとは市民向けの講座で話したものがベースになっています。53年7月14日、米国東印度艦隊司令官ペリーは、久里浜で、米国大統領の日本政府にあてた国書(親書)を渡しました。江戸湾深く侵入したペリーの艦隊から、300人の兵力が上陸しての「事件」です。
ペリーは、江戸湾で国書を渡すこと(開国に道を開く)、国書への回答に要する数カ月のちに再来日して、その時に条約を結ぶといった行動をとることを考えました。国書を渡す際の書簡が執筆されるのですが、それは日本政府に対する脅迫文書なっています。50年代は「鎖国政策」が大きく揺らぎ、近代に踏み入れる時期だったのです。
<四艘の小船を率い御府内近海に渡来致し和約の趣意御通達申候、本国此外に数隻の大軍船有之候間、早速渡来可致候間、・・もし和約の、儀御承知無御座候わば、来年大軍船を取揃い、早速渡来可致候>。「来年大軍船を取揃い」など軍事的脅かしがここには見えます。翌54年、日米和親条約(下関条約)が結ばれます。不平等条約体制の幕開けです。
特定秘密保護法をめぐる、米国のオファー(押し付け的言辞)を見る思いがします。僕は以前から、明治維新の過程を国内の力関係で説明することに落ち着かない想いを持ってきました。「江戸政府」が衰退し、「天皇政府」が力を持つ背景に、「外圧」、なかんずく軍事力を背景とする米国の圧力があったことを本書は解き明かしてくれます。ペリー以来の160年間、米国と日本の関係にメスを入れる必要性を本書から学びましだ。
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