編集長の毒吐録
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☆2020/8/5更新☆

<きのうを振り返りあしたを見晴るかす⓫>【死後知る父の想い】『沈黙のひと』(小池真理子、文藝春秋)は、私・三國衿子(えりこ)が、父・泰三との「交流」を綴った小説。パーキンソン病に侵された泰三は、介護付き老人ホームで生を終えます。最後には、衿子がつくった文字表さえ使えないほどになって死を迎える泰三は、死の最後の最後まで「生」への執着を見せます。胃ろうを造設してでも生きたいと願う彼には、いくつかの「動機」があったのです。

泰三(1922年生)は戦前、帝国大学を出た秀才です。“プーシキンを隠し持ちたる学徒兵を見逃せし中尉の瞳を忘れず”と詠むような本好き青年であり、文字に対するこだわりは終生変わりません。朝日歌壇の投稿者であり愛好家でもあった彼は、”老い父の湯あみ助けてぬるる手にはるかに逝きし母の星ふる”に目を奪われ、作者と、老人ホームに入っても文通を続けます。


衿子は、泰三の初めの妻との間に生まれた子どもであり、泰三は彼女ら二人を捨てて不倫相手と再婚、二人の娘をもうけます。しかしながら再婚相手とはうまくゆかずに死を迎えるのです。しかしながら再婚中、単身赴任先の仙台で女性を愛してしまいます。パーキンソン病で歩くこともままならなくなった泰三が東京から仙台まで出向きますが、ここには二人の深い愛情が表現されています。

衿子は、大手出版社に勤めています。泰三が彼女らを捨てて、再婚相手のもとに走ったということもあって、老人ホームに入るまでは深く知りませんでした。泰三の遺品を整理していて、泰三の死後に送られてきた手紙を読んで真相を知ります。父が衿子に愛情を寄せていたことが明らかになります。

身体機能が衰えに向かう中で、泰三がこだわり続けるのは、自分の意思を相手に伝えたいということです。ワープロを使って、あるいは手作り文字表を使って、最後にはうなずくことによって、意思を伝えようとします。胃ろう造設から数日後、彼はこの世の人でなくなってしまうのです。

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