おもしろ「居住福祉」学

☆6/27更新☆

第12回 個室・ユニットケアへの道
(I〜Vに分けて掲載します)


V.施設と在宅、人の幸せ実現の道


早川: 施設の質の向上は住宅一般の改善とリンクしているのですね。しかし、それでは、住宅全体がよくならなければ施設をよくよくしたらいけないのかというとそんなことはない。全室個室で、ユニットケアの行き届いた施設をどんどん作り、まず、施設全体の質を上げることで、在宅に繋げていくより他に方法がないと思っています。今、在宅介護をめざしたはずの介護保険であるにもかかわらず、施設の方に大勢並んでしまっています。住宅事情を根本的に改善する必要に迫られるときが必ずくると、ぼくは見ています。

市川: しかしながら、建設や運営に対する国の施策は貧困です。今後、個室ユニット型の特養を建設しようとすれば、法人は、これまで以上に膨大な借金を負わなければなりません。

これまでは、全部のスペースに対して、国が2分の1、県が4分の1の補助金を出してくれ、さらに都市部は土地や建設費も高いということで、当該自治体もある程度補助を出してくれました。しかし、今年度から推進されている個室・ユニット化の新型特養は、個室部分とその出たところにあるだんらんの間のセミプライベートゾーンに関しては一切補助金が出ないのです。共用部分のみが補助金の対象となるのです。

つまり面積で言えば、3分の2までは出ないのです。資金は自分たちで調達しなさいと、但し、医療福祉事業団は法人負担の90%まで貸付をしてくれます。その借金は、20年かけて居住費という名目で、入居者から取りなさいと言うのです。

計算すると、現在は介護保険で受けるサービスの利用料と食費等で1ヵ月5万円以内ですんでいる自己負担が、居住費を徴収することにより約2倍の10万円になります。確かに、厚生年金や共済年金を受給している人はそれほど問題はありません。しかし、国民年金の人は払えないのです。

実際、入居者から毎月10万円づついただくとすると、けま喜楽苑では55人中11人ぐらい、払えない人が出そうです。個室ユニットは国や県の建設補助金のカットに有効な手段です。また、特養に入っている人たちは現行のままなら在宅の人と比べて負担が低すぎる。個室・ユニット化で住条件も良くなるのだから、それなりの負担をしなさい、ということも言われています。

しかし、今年度の施設建設にあたり、個室・ユニットを取り入れた施設は、25%だけでした。残りの75%の経営者は、4床室の特養をまだ作るつもりです。経営の面からだけ考えるとそうなるのです。

早川: でも、データを見れば、個室ユニットが良いのは明らかでしょう。一人一人に良いものであれば、政府の補助金だって生きるわけでしょう。カットすれば、他でお金がかかり、結局尻拭いだけになってしまう。

かつて、イギリスは、「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉国家でしたが、その基盤は住宅補償だったと僕は考えています。サッチャー政権までは、新築住宅の6割は公営賃貸でした。住居さえ保障されていれば、失業しても、賃金が下がっても生きていけます。それをサッチャー政権は、新築住宅をゼロにし、現存する公営住宅を売りとばしました。それで、ホームレスが爆発的に増え、その尻拭いの費用がすごいのです。福祉と住居は密接に関係しています。

市川: 厚生労働省の人たちは私の知る限り、特養の経営や入居者の実態をかなり判ってくれています。それなのに、クリアできないのは大きな政治の問題でしょうね。

早川: 僕は、憲法25条にいう生存権と基本的人権と福祉と住宅政策を統合する視点にた立たなければならないと考えています。

市川: 福祉政策をきちんとし、国民に「安心」を保障すれば、国民の購買力が出ます。福祉を後退させれば、悪循環を起すだけです。先ほどお話しましたが、これまで、社会福祉法人は税金も払わなくてよかったし、ある程度守られて来ました。ところが、これからは競争原理で、自分たちで経営能力をつけろということになったのです。市場化をどんどん進めていくはずです。市場化がさらに進めば、低所得の貧しい人たちが排除されるのは明らかです。

株式会社などに依存して福祉を進めていけば、本当に困っている人たちは救えないのです。小さな政府ということが良く言われていますが、社会の状況が今日のようにひどい状況になれば、逆に大きな福祉国家が必要だとも思います。

早川: その通りでしょうね。それに、高齢者、障害者を大切にすることは、市民一般にも有意義なのです。たとえば、子どもや若者がホームレスを殺傷したり、虐待するのを時々みかけますが、現代人の心はすごくすさんでいますね。それは、周囲に高齢者、障害者が身近にいないことが作用しているのではと思うのです。

人間、年を取れば、心身が衰えてくる。障害者が身近にいると、彼らが普通の人間であり、非常に優秀だったりする事がわかります。そのことを知らずに大人になってしまうと、競争原理がますますエスカレートします。日野原重明さんは、『生き方上手』という本で、「身近に死んだ人がいたら、自分の子どもを葬儀に連れて行け。病院に見舞いに行かせろ。それが、子どもの成長に非常に大切だ」と書いています。僕も前から同じように考えています。

市川: その話で言えば、赤ちゃんのいるお母さんと話し合いをした時ですが、今のお母さんは、インターネットを利用して、子育ての知識を得ているのを知り、非常に戸惑いを感じました。彼女たちは、育児書よりインターネットなのですね。近所づきあいもなく、相談する人もいなくて、困った時は、インターネットで情報をとる、とても怖い子育てだと思いました。

早川: 以前、育児書だけで子育てをしてノイローゼになり、えい児殺しにつながったという事件がありました。さまざまな人が交流できるコミュニティのないことも問題です。また高齢者から人生の知恵を学ぶという機会もない。

市川: 同じ趣旨で言えば、富山県の「この指、とーまれ」はすごいです。赤ちゃん、1歳児、2歳児から知的障害者、痴呆症の人、グループホームでは難しい人、あらゆる人が一緒に過し、住んでいるのです。小さな赤ちゃんをずっと覗き込んでいる知的障害者、痴呆症の人が赤ちゃんをあやしている。日赤の看護婦さん3人が退職金をはたいて作ったそうです。最初は補助金がつかずに困ったのですが、あまりに素晴らしい光景を見て、富山県が「富山方式」ということで現在12軒に増えたそうです。ケアが必要な人は誰が来てもいいのです。生まれたての赤ちゃんから痴呆の人まで、30人ぐらいをいっしょにグループホームのようにみているのです。責任者の惣万さんは「こうして一緒に暮らした経験があれば子どもたちが学校に行って知的障害者のお兄ちゃんがいても、ちっとも変だと思わないのよ。」と話されていました。

早川: 戦後の歴史をたどれば、高度経済成長にむけて、人を集めて働かせるため、ベッドタウンという労働力の収容所のような居住地を作り続けたことも問題なのでしょうね。その居住空間が子どもたちを競争原理に追い込むことになったのです。

市川: 今日のお話は、空間の問題が中心なのですが、ケアとは高齢者の生活全般を支えることであり、そのためには生活に視点をあてた空間が重要であることを、建築系の故外山義先生などが提起されました。現場を知っているはずの福祉系の先生たちの多くが、あまり空間ということを意識していなかった。不思議なことですね。

早川: 福祉系の人からは、自分は生活保護担当だから、介護福祉担当だから、という声をよく聞きます。幅広く勉強するように勧めるのですが。そういう意味でも,市川さんにも監事として手伝っていただいている日本居住福祉学会に参加して勉強してもらうことは有意義だと考えています。

市川: もちろん、いくら立派な施設を作っても、ソフトが伴わなければ、個室は独房と同じになってしまいます。ソフトとハードが合致してこそ、一人ひとりがその人らしく最後の日まで生きていける。そんなことがわかりました。

早川: 政治同様、研究も統合的に進めていかなければいけませんね。

(V 終り。第12回 個室・ユニットケアへの道終り)

早川和男と市川禮子さん
 
市川禮子さん
 対談者紹介
市川禮子さん
社会福祉法人・尼崎老人福祉会理事長。1937年神戸生まれ。ひかり保育所所長などを経て、1983年特別養護老人ホーム「喜楽苑」施設長代行、1992年「いくの喜楽苑」開設、法人副理事長、2001年法人理事長に就任。大学、研究団体、学会などの活動に参加、主著に『おかちゃんのほいく』(ひかり保育園ブックレット)『ああ、生きてる感じや―喜楽苑がめざすノーマライゼーション』(自治体研究社)など。
 対談者紹介
早川和男
1931年5月1日、奈良県生まれ。京都大学工学部建築学科卒業。現在、長崎総合科学大学教授・神戸大学名誉教授。日本居住福祉学会会長など。著書に『空間価値論』(勁草書房)『住宅貧乏物語』『居住福祉』(岩波新書)『災害と居住福祉』(三五館)など。神戸市在住。
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