若田泰の本棚
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『タレント文化人150人斬り』
佐高信 著
 本書は,アブナイ雑誌と著者も認める『噂の真相』に掲載された1985年からの連載を集めたものである。

 この世界では批判も過激だ。論理的批判というよりも、うまいネーミング、レッテル貼り、相手の言葉で斬り返すことに主眼がおかれ、相手の人格を傷つけることになろうが容赦はしない。いやむしろ、相手をへこませるよりも、観客の喝采を期待しているようである。

 こんな世界もあったのだと、「朝まで生テレビ」などという番組さえ見たこともない私は、愕然とする。こんな調子で丁々発止と遣り合うことが、ある世界では日常的に行われているのか。

 ネーミング・レッテル貼りとは以下のようなものである。小渕恵三は「オブツ」。沢木耕太郎は「遠足作家」、遠足は危ないところへは行かないから。小沢一郎やビートたけしは、時折り、ル−ルや互譲というパンツを脱ぎもろ出しで走り回るから「フリチンスキー」、恥ずかしげもなく当らないおみくじを売りつけている評論家は「おみくじ野郎」、鳩山由紀夫は「懲りないマザコン坊や」といった調子である。

 一例として、比較的穏やかな批判に終始している小泉純一郎の項を見てみよう。石原慎太郎の著書『国家なる幻影』(文芸春秋社)の「福田(赳夫)派の新人候補である小泉純一郎氏の決起集会になぜか福田氏は派閥にも属していない私の同道を求めてきて、小泉氏が家内の方の縁戚ということもあったが、私も承諾して敗軍の将(自民党総裁選で田中角栄に敗れた福田をいう・・筆者)と行を共にした」という一文を取り出して、「人気絶頂の小泉内閣に、なぜ慎太郎の息子の伸晃が入ったかわかるようなエピソードだが、慎太郎と小泉は思想的に極めて近い。小泉は、いわばスマートな石原慎太郎なのである。」とたたみかける。

 そして、福田赳夫の秘書もしたこともある小泉は福田赳夫の秘蔵っ子で、官房長官の福田はその息子だからある意味では「福田内閣」ともいえると続ける。こうして福田の親分である戦犯首相岸信介の系譜を解き明かし、小泉が古い反共思想の持ち主で、中国嫌いの台湾派であると決めつける。この部分だけでも、保守政治家たちの相関図が確かによくわかる。

 とりあげられた回数の多い順に並べると、猪瀬直樹、ビートたけし、小林よしのり、曽野綾子、吉本隆明、司馬遼太郎、堺屋太一、長谷川慶太郎、田原総一朗で、それらに小泉純一郎や竹中平蔵が急追しつつあるという。また、ここ20年近くのものを集めているから、佐川急便、リクルート、福島交通など忘れかけていた様々の疑惑や事件があったことを思い出す。今も昔も、政官財に巣食う不祥事は変わり映えもしないし、あとを絶たないものである。

 俎上にのせられた人たちの共通点はなにか? 多数の尻馬に乗り、体制派に組み込まれて旗を振って、ひとり舞い上がっていることに気づかないお調子者である(私まで口が悪くなってきた)。批判される人たちは、それなりの理由があってのことであり、著者の批判が的外れということはない。私の信頼する人たちはあまり対象にあげられていない。このことは、著者の思想の一貫性を示していて立派といえる。

 先(1998年)に出版された『タレント文化人100人斬り』(現代教養文庫)はベストセラーになったそうだ。敵を恐れず、身体を張って文筆活動を続ける著者に敬意をはらいたい。

 私はもちろん、こうした本が多く読まれることに反対はしない。人を色分けしてみたい読者には参考になるだろう。しかし、より深く知って批判したいと思うとき、他に読むべき本は多くあることを言っておきたい。レッテルをはって相手を怒らせ、同調者の喝采を浴びているだけでは、正論を多数にしていく力にはなり難いと考えるからである。
タレント文化人150人斬り
『タレント文化人150人斬り』
佐高信 著
毎日新聞社
発行 2002年10月 本体価格 1300円



 筆者紹介
若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。
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