編集長の毒吐録
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☆2020/5/26更新☆

【読書雑記639】『評伝 吉野せい メロスの群れ』(小沢美智恵、シングルカット社、1600円+税)。福島県いわき市の農婦・吉野せい(1899年-1977)の人生と文学を描いた評伝。「百姓バッパ」の本が書いた『洟をたらした神』が代表作だった。せい75歳の時のこの作品は、これまでの作家が描き切れなかった生活を鋭い切れ味の文体で迫った。好著。

僕が東京で暮らしていたとき(農村雑誌の編集者だった)、農業団体に席を置くある人から教えられて『洟をたらした神』を読んだ。大袈裟でなく、文字が描き出す農村と人間、土の世界に魅せられた。「会いたい」「インタビューしたい」と思い、件(くだん)の人と二人、せいさんを訪ねた。その生きざまと蓄積に気圧(けお)された。

『洟をたらした神』は、開墾地での日常生活を丹念に生き、それを綴った作品。『メロスの群れ』は、自分の人生を振り返り、作品が生まれた背景を評した力作である。かなりの部分が、詩人の夫・混沌との鬱屈した関係について書かれている。せいの結婚生活は、「自然と一体になり正しく美しい感激の生活」を送りたいという思いからスタートしたが、混沌の生活力のなさ、子だくさんの開墾地での暮らしの困難と貧困から、せいは「鬼婆」となっていく。近所の人の評判にも、混沌が書き残したものにも、それが表れている。だが、せいは激しく争ってきた混沌との確執について、具体的には書き残さなかった。

著者はそれを、吉野せいが、自分の人生を物語や歴史の形をとって意味づける中、苦しい物語はあえて削り、美しいものに昇華する必要があったのではないか、と推察している。せいが高齢で物書きとして世に出ることになったのに、混沌が交遊関係を持っていた草野心平ら文学者たちの群れ、メロスの群れがあったからこそ、と指摘する。

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