勉さんの“よしなしごと”
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☆08/15更新☆

第358回 被爆者が増えている

 原爆投下から78年が経過し、被爆者数は減っていると思われているが、実はそうではない。2022年4月から2023年3月までの1年間に、広島県と広島市では約3,800人が被爆者健康手帳の交付を受けて、新たに「被爆者」となった。被爆者が増えているのだ。なぜか?
 増えた被爆者のすべては、「黒い雨」に遭った人である。「黒い雨」には原爆によって生じた放射性微粒子が含まれていて、これを直接浴びた人は外部被曝、浴びた水や野菜などを摂取した人は内部被曝した人となる。つまり、「黒い雨」被爆者である。78年前に「黒い雨」に遭遇した人たちは被爆者でありながら、広島市西部のごく一部の地域を除いては、長らく被爆者とはみなされず放置されていた。
 他の地域で「黒い雨」に遭った人たちは、「自分たちも被爆者であり、被爆者健康手帳を交付するべきだ」と運動したものの政府は無視し続けたので、法的な決着を求め2015年に広島地裁に提訴した。これが「黒い雨」訴訟である。一審広島地裁、二審広島高裁とも原告「黒い雨」被爆者の勝訴となった。被告の広島県・市と厚労大臣は、上告しなかったため高裁判決が確定し、原告の84人全員に被爆者健康手帳が交付された。広島県によれば原告と同様の被害にあった人は13,800人に及ぶというから、冒頭に示した3,800人はその一部でしかない。「黒い雨」は相当広範囲に降ったことが分かる。

 今年の8・6には、例年通り「原爆被害者証言のつどい」に参加した。小グループに分けられ、私が聴いたのは、幼児期に「黒い雨」を浴びた女性の証言だった。その方は、「黒い雨」第2次訴訟を提起している原告の一人でもあった。
 会場に入ると、旧知の田村和之さん(行政法、広島大学名誉教授)がおられたので挨拶したところ、同氏と竹森雅泰弁護士の編著書『原爆「黒い雨」訴訟』(本の泉社、2023年)を寄贈された。今はこれを読んでいる最中だが、社会科学者・自然科学者と弁護士によって、訴訟の背景と経過だけでなく、「黒い雨」被爆者の全体像を把握しようとする努力と熱意に感銘を受けた。「黒い雨」の降雨地域は、北は島根県境近くまで、西は現・廿日市市域、東にも広がりがあり、原爆の威力の大きさが分かる。
 「8・6証言のつどい」の場で「黒い雨」被爆者が証言されたのは、たぶん初めてではないかと思う。また数年前から、被爆時の記憶が乏しい乳幼児期の被爆者や母親が妊娠中に被爆した人(胎内被爆者)の証言を聴くようになった。親しくしていた被爆者の多くが亡くなり、証言者も変化している。これまで聴く機会が少なかったこれら被爆者の証言は、原爆被害の全体像を知り、反核平和の世論を高める上でも重要だと感じる。

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 さて、本連載も今号をもって最後となりました。井上吉郎さんに勧められて、月に2回「よしなしごと」を書き、358回を迎えました。改めて在りし日の井上さんを偲びつつ、彼の遺志を自分なりに継承しようと思っています。

筆者紹介
鈴木 勉
筆者は学者。ヘビースモーカーでアルコール好き。気さくな人柄が魅力、怖い顔をして、フットワーク軽く、世界と日本を駆け回っている。障害者問題を語らすと天下一品。
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