せいし君の土佐日記
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☆01/01更新☆
第97回 新年、明けましておめでとうございます。

 今年は、天皇家で「代替わり」があるそうです。「天皇」とは、日本国憲法では、「主権の存する日本国民の総意に基く」「象徴」であるとされています。「代替わり」について後続の一人が「背丈に合った儀式を」と経費を「内廷費」から「支出するべき」と主張していることがマスコミを賑わせました。

 先日、あるテレビ番組で昭仁天皇が「靖国神社を参拝していない。戦没者慰霊の旅に行けば行くほど靖国神社が遠のいている」ということが話題になっていました。

 昨年、天皇と皇后は「三大行幸」の一つである「第38回全国豊かな海づくり大会〜高知家大会〜」に出席するために高知に3日間訪れていました。詳細は私が見聞きしたことも含めて後日、綴ります。
 
 ここでは、書き残したことを綴ってみます。
 
 一つ目は、2月に「自動車」を買え替えたことです。生活保護を受けている私にとっては、「自動車の保有」自体がハードールの高いことなのが実情です。公共交通が未発達であることから保有が認められています。但し、購入費用や車検費用は兄から「援助」してもらっています。「車検」が切れるので、知り合いの自動車屋に頼んだところ、「車検」を通すのには「予算」では不可能であることから「予算内」で車をかまえてあげるということになり、福祉事務所から「許可」がおり、購入しました。

 私が運転する軽四自動車は、オートマチックでアクセルを左足で踏むように改造しています。最近の車は、オートマチックレバーはハンドルの横にあり、サイドブレーキはキック式で私が購入前の車とは構造上の違いがありましたが、自動車屋のメカニックの担当者が頑張って、古い車のパーツを使い、私が運転できるように「作って」くれました。なので運転席は前のシートとサイドブレーキにアクセルペダルは以前のままです。
 
 4月の初旬には、例年のように障全協の総会に出かけ、文科省交渉にも参加して帰ってきました。その2,3日してから、「セキ」がで始めました。例年、春先と初秋に「セキ喘息」がでるので、また、「季節到来」と思い込んでいたので時間に余裕がある土曜日まで我慢し、ある会合の前に民医連の診療所で喘息の処置を受け、会合に行き、その後は自宅でおとなしく過ごし、翌日は高知県肢体障害者協会の役員会、午後は地域の会合があり、出かけると「顔色が悪いので帰れ」といわれて、自宅で安静していました。

 晩ご飯を食べようと思い、普段通りに準備して「いざ食事」で缶ビールを空けて、一口口にするが「ビールがおいしくない、体が受け付けないのです。体温計は39度を超してい ましたので、月曜日の朝、再び診療所に行き診察を受けました。

 「ここにはCTがないので、病院で見てもらって」と医師から言われ、診療所の車で病院に向かい、CTをとり診察の結果「肺炎」ということがわかり、入院となリました。診療所の車で自宅に送ってもらい、入院の準備をして、マイカーで病院に向かいました。

 10日ほどの入院生活となりました。この間に体重を6キログラムも減らすことができましたが、新年では3キログラムのリバンドしています。

 今年は、健康に気をつけ、運転は安全第一で行きたと思います。政治的には国と地方の大きな選挙の年ですから、障害者と家族が安心できるような方向にしたいものです。
 
 今年は「せいし君が選ぶ土佐の偉人列伝」を綴るように準備しています。こうご期待。

ちょっと待ってね
 筆者紹介
松本誠司
1968年、高知県室戸市に生まれる。障害者の生活と権利を守る高知県連絡協議会の事務局長であり、全国障害者問題研究会全国委員でもある。脳性小児麻痺2級の障害を持つ。養護学校高等部卒業後、クリーニング店勤務、共同作業所などに通う。週1回のホームヘルプサービスを利用し、一人で暮らす。笑うと一文字になる目があくまでやさしい、パソコン教室の先生でもある。
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