湖西風流譚
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☆06/03更新☆

第11回 裕治君が恋に陥った@
 今年のゴールデンウィークは全国的に晴れ上がった日が続き、いつも、この時季、メイストームが吹き荒れて初夏の来るのが遅れがちな湖西路も気温が25度を超えた日があったりして、ぼくの夏野菜づくりはいちだんとはかどった。田植えも例年になく早いペースで進んで、15日過ぎには大方の水田が土色から薄青色に変化した。
 
 近辺のお年寄りたちやサラリーマン農家の水田もあわせると20ヘクタール近い請負耕作を展開している裕治君も20日の午前中にすっかり田植えを終えて、さっそく夕暮れになると、焼酎と鹿肉をさげて我が家にやってきた。顔が黒光りしている。1年のうち5月の日差しがもっともきつい上に、水田に張った水の照り返しを受けて顔全体が黒焦げになってしまったという。
 
 庭で炭火を盛んにおこし、厚切りの鹿肉を焼いて酒盛りとなった。いつの間にか青黒い空に変わり、東の湖面から月が無言で這い上がってきていた。
 
 裕治君の焼肉技術は職人芸だ。厚い肉でも丹念に裏表かえしながら焼くので、全体に熱が染み通り、絶対固くはならない。しかも時間をかけて解凍した鹿肉を赤ワインに5時間ほどつけているので、かぶりつくと、甘い肉汁が口のなかに飛び散るような感じだった。
 
 顔の左半分は炭火に照らされ、右半分は月の青い光を浴びて、なんだかアフリカのマサイ族の族長のような威厳を醸し出す。焼く手つきまで厳かで、僕はひたすら焼酎を喉に流し込み、裕治君が皿にとってくれる鹿肉を誠実にかみしめた。
 
 異性を求める蛙の鳴き声がうるさいほどだ。裕治君は自宅側の水田で毎日その鳴き声を聞いているくせに、この夜は箸をとめて、耳を傾けむけるような素振りをみせる。
 
 「ああ、蛙も恋をしてるんだなあ」
 
 なんだか変だぞ。即物主義者の裕治君が蛙の鳴き声に関心を示すなんて。田植えが無事すんで、心にうろがきたのか?
 
 ぼくはそんな裕治君に焼酎を奨めた。
 
 「一平さん、情緒がなさ過ぎる。青い月、青い風にデリケートに揺れる稲の苗、そして蛙の熱情的な鳴き声。詩を感じないのかなあ」
 
 「今の季節、水田に水が張っているので、産卵にもってこい。当然、蛙のメスはオスとまぐわって、卵をうむんだぞ。それにしてもけたたましい鳴き声だな。ひょっとしたらセックスしているのかもな」
 
 裕治君はぼくの言葉にあきれたように首を振った。すると口が自然と開いて、ため息がもれた。おおげさな野郎だ。
 
 「一平さん、あなた、恋の経験あるの?」
 
 確かに変だ。頭のチューニングが狂ったのか。言葉遣いすら、いつもの裕治君とちがう。「そうけぇ、ほんまけぇ」「あのよぅ、〜したけぇのぅ」などと、平素の裕治君の言葉遣いには汚い湖西弁がまじる。なのに今夜は奇怪な「おねえ言葉」できめてくる。気色悪いぞ。

 「そりゃぁ、俺だって恋の三つや四つはしたぞ。いや、数え切れないぐらいだ。情熱的な恋もあったなあ。今でも付き合っている女が3人。どうだ、すごいだろう」
 
 ぼくは徹底的に裕治君をからかった。挑発して、頭のチューニングを正常に戻してやろうという魂胆からだった。裕治君は首をもう一度大きくふって、
 
 「こりゃぁ、処置なしやなあ。頭、いかれてるわ」
 
 それから裕治君はぼくに背を向けて、だんだん黄色味を帯びてきた月を仰いだ。
 
 「一平さん、ぼく、今、恋をしているんだ。田植え作業をしていても、あの人の顔や声が胸の中いっぱいに占めていて、ようミスをしたんぞ。気がついたら、田植機をいい加減に操作していて、ジグザグに植えていたり、田んぼの四隅を植え残したままにしたり。恋のせいなんだなあ。ああ、胸が痛む」
 
 なんと大時代的な言い方だろう。48歳の男が使うセリフなのか。ぼくはいい加減に問いを発した。
 
 「だれやねん、裕治君が懸想した相手は」
 
 裕治君はきっとなった顔つきでこちらを振り返った。
 
 「あのな、『男と女』のママや」
 
 あまりの唐突さにぼくは声もなかった。

(続く)

筆者紹介
 僕、磐田一平、63歳。新聞社を定年で退いて、湖西の地で百姓をしている。この地に住むようになって8年。さまざまな人々が日々生きて、さまざまな哀歓を紡いでいる。それを報告したい。
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