梅浩先生のボローニャだより
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梅原浩次郎

なぜボローニャに注目するか

 ボローニャは、ミラノ・ヴェネツィア・フィレンツェに囲まれたイタリア中北部の交通の要衝に位置し、歴史ある街として知られている。ヨーロッパ最古のボローニャ大学はすでに900年余の歴史を刻み、中小産業界に根づいた自動包装機械などの製造業は世界的にも注目されるに至っている。
 このボローニャの街は、これまでもさまざまな形で日本に紹介されてきた。例えば、第2次世界大戦中の「レジスタンスの街」や戦後の「ボローニャ人民の家」、高度成長期を通しての「文化レクレーション協会(ARCI=アルチ)」である。コミュニティに密着した地区行政としての「地区住民評議会」は、1964年にボローニャで始まり全国に広まった制度である。歴史的市街地区における外観を保存しつつ内部を現代感覚にマッチさせていく「保存的開発」や、産業・文化・福祉の領域で住民の創造力を引き出す社会システムとしての「創造都市」である。そして企業や投資家の利益のみを追求する姿勢に組みせず、経済の発展と社会・文化の発展を同調させる典型的なモデルとして、当地方の名前をつけた「エミリアン・モデル」の街として賞賛されてきた。

 筆者は、2003年7月から1年間、ボローニャ大学に研究留学する機会を得て、21世紀に相応しい都市公共政策とは何かを念頭に、ボローニャとイタリアを見つめることができた。しかし、滞在当初のヒアリングでは「ボローニャは都市の長期的な戦略を持っていない」「地区住民評議会はいま機能していない」「1990年新地方自治法改正にもとづくボローニャ大都市圏計画をつくったが、進展していない」等の否定的な回答に直面した。エミリアン・モデルとボローニャの現段階はいったいどうなっているのか、このことの理解が最大の研究課題であると思い知らされた。

 その後見聞した幾つかは、イタリアとボローニャ理解を深める諸相であった。例えば、イラクにおけるイタリア軍憲兵隊司令部への攻撃と遺体の帰還をTVに映し出す状況は、イタリア社会に大きな衝撃を与え、平和と国家の共存とは何かを問い続けた。急速な少子高齢化、若年労働力の急減、移民の増加など、産業を支える人材面からも大きな転機を迎えていた。政府の年金改革への不同意の意思表示は強くかつ大きく、その抗議行動に何度も遭遇した。EU25カ国への拡大は、分野の選別を伴いながら、生産工場の東ヨーロッパへの移転を促進させていた。中小企業が集積し、北部イタリアでもなく、南部イタリアでもない、第3のイタリア(産業モデルとしてのサードイタリア)の象徴といわれてきたエミリア・ロマーニャ州と州都ボローニャにも変化の波は押寄せていた。そして2004年6月には、政策展開と不可分の地方選挙やヨーロッパ議会選挙が行われた。ボローニャ市長選挙は、同市の抱える諸矛盾と発展を内包する歴史的な到達点となった。

 私は、いまボローニャが今日の政治経済情勢の中で、苦しみの中から新たな挑戦をなす地点に立っているとみている。これまで先に例示したボローニャの先進的な取り組みの幾つかは、その成功を通じてイタリアの多くの都市に波及した事例が多い。そうした意味から、ボローニャが取り組もうとする産業と民主主義への新たな挑戦は、やがてはイタリア全体へ大きな影響を及ぼすものであろうと考えている。同時にこの挑戦は、自治体改革に直面する日本にも少なくない示唆を与えるのではないかと考える。

 第1部 四季折々 は、滞在中の見聞をエッセイとして「福祉広場」に掲載したものを、項目別に整理し直したものである。
 第2部 ボローニャの新たな挑戦 は、『住民と自治』(発行 自治体研究社, Email: jitiken@i.bekkoame.ne.jp)に特別連載中のタイトルを示したものである。2004年11月号〜2005年1月号、3回連載。


 目  次

第1部 四季折々

第1章 ボローニャへの旅立ち

 第1節 ボローニャへの旅立ち 第 1 回(2003.7.4更新)
 第2節 ドイツ、娘との再会 第 2 回(2003.7.11更新)
 第3節 太陽の国、イタリアへの入国 第 3 回(2003.7.18更新)
 第4節 海外の長期滞在に思う 第 4 回(2003.7.25更新)
 第5節 カペッキ教授再訪・仲間たちの歓迎 第 5 回(2003.8.1更新)

第2章 ヴァカンスの季節

 第1節 炎暑のボローニャ、体の変調 第 6 回(2003.8.8更新)
 第2節 ボローニャの夏、点描 第 7 回(2003.8.22更新)
 第3節 ボローニャの休日 第12回(2003.9.26更新)
 第4節 イタリア人・愛すること 第10回(2003.9.12更新)
 第5節 通信・交通事情あれこれ 第 9 回(2003.9.5更新)
 第6節 ボローニャはテロリズムを忘れない 第11回(2003.9.19更新)

第3章 生活と文化が見える

 第1節 生活の不思議なコントラスト 第44回(2004.6.4更新)
 第2節 秋深まるボローニャ、一方の現実 第14回(2003.10.10更新)
 第3節 イタリア社会を揺るがす年金問題 第16回(2003.10.24更新)
 第4節 10月24日、年金問題でイタリアが止まる(続報)
                     第17回(2003.10.31更新)

第4章 子どもと教育事情の異変

 第1節 ボローニャの保育事情、その1 第18回(2003.11.7更新)
 第2節 ボローニャの保育事情、その2 第19回(2003.11.14更新)
 第3節 ボローニャの人材育成に異変? 第20回(2003.11.21更新)
 第4節 学生の街、ボローニャ 第25回(2004.1.1更新)
 第5節 ボローニャ人口の構造的変容 第29回(2004.2.13更新)
 第6節 イタリア教育改革 第36回(2004.4.2更新)

第5章 冬の季節の到来

 第1節 12月のボローニャ 第23回(2003.12.12更新)
 第2節 イタリアで見るサッカー 第24回(2003.12.19更新)
 第3節 2月末、ボローニャに本格的な雪が降った 第32回(2004.3.5更新)

第6章 日本を振り返る

 第1節 ボローニャで見る日本 第15回(2003.10.17更新)
 第2節 一時帰国の日本 第27回(2004.1.30更新)
 第3節 数日間の日本滞在、再びボローニャへ 第28回(2004.2.6更新)

第7章 ひた向きに生きる青年たち

 第1節 イタリアで学ぶ一人の青年 第31回(2004.2.27更新)
 第2節 サーズ禍1年、再び中国と向きあうイタリア人女性
                  第40回(2004.4.30更新)
 第3節 ボローニャ社会に生きる日本人 第30回(2004.2.20更新)
 第4節 グローバル経済のもと、ボローニャで再会 第34回(2004.3.19更新)

第8章 歴史の街の暮らしと努力

 第1節 ボローニャ再生への努力 第 8 回(2003.8.29更新)
 第2節 ボローニャの歴史探訪 第38回(2004.4.16更新)
 第3節 イタリア新幹線、都心部地下トンネル工事 第37回(2004.4.9更新)
 第4節 ボローニャ国際見本市会場、フィエラ 第33回(2004.3.12更新)
 第5節 ボローニャ子どもの本見本市 第39回(2004.4.23更新)

第9章 国際化のなかで

 第1節 EU拡大で迎えたイタリアの5月 第41回(2004.5.14更新)
 第2節 エミリア・ロマーニャ州における外国人移民 第42回(2004.5.21更新)
 第3節 ボローニャ県下の労働環境 第48回(2004.07.02更新)

第10章 自治体政策を考える

 第1節 季節の展開、そして地域政策を決定づける熱い戦い
                     第13回(2003.10.3更新)
 第2節 ボローニャの自治体政策を考える 第22回(2003.12.5更新)
 第3節 ボローニャにおける環境問題への取組み 第43回(2004.5.28更新)  
 第4節 街の違い、人の違い  第35回(2004.3.26更新)

第11章 ああ、ボローニャよ!

 第1節 ボローニャの自治体政策のかじ取り 第45回(2004.6.11更新)
 第2節 ボローニャ新市長の登場と選挙戦の様相 第46回(2004.6.18更新)
 第3節 市長選の余韻、イタリア地方自治体の再編 第47回(2004.6.25更新)
 第4節 ボローニャで学んだこと 第49回(2004.7.09更新)
 第5節 ああ、ボローニャよ! 第51回(2004.7.23更新)

第12章 文明の交流の旅

 第1節 トリエステの旅 第21回(2003.11.28更新)
 第2節 マドリッドの旅、そして新年幕開け 第26回(2003.1.16更新)
 第3節 シチリアの夏 第50回(2004.7.16更新)

第2部 ボローニャの新たな挑戦

第13章 ボローニャの実像とエミリアン・モデル
   『住民と自治』2004年11月号、第1回

第14章 地方自治体の再編と政治システムの変化
   『住民と自治』2004年12月号、第2回

第15章 2004年6月選挙にみるイタリアとボローニャの新展開
  『住民と自治』2005年1月号、 第3回

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