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『異議あり! 「奇跡の詩人」』
滝本太郎、石井謙一郎 編著
 最近、NHK周辺が騒がしい。これは障害児に関わる番組の放映による波紋で、「WEBマガジン・福祉広場」としても無関心ではいられない。

 今年4月28日、NHKスペシャル「奇跡の詩人」が放映された。これは、脳に重い障害をもっている11歳の少年が、詩や著書で大人へのメッセージを発して感動を与えているというもので、大手各紙が「試写室」などで絶賛したこともあって、視聴率14%を記録した。

 映像の最初に、次のような説明が入る。誕生直後の手術の影響で脳に大きな損傷を受け、自分で立つこともしゃべることもできない少年が、アメリカで開発されたドーマン法というリハビリによって、5歳のときに初めて意志を表現、以来、文字盤を通じて会話や執筆をおこなっている。知識の源泉はその驚異的な読書量にあり、哲学から宇宙論まで大学レベルの本をこれまで2000冊も読破してきた。いま、あらたにエッセイの執筆に挑戦しているが、なぜわずか11歳の男の子がそのような言葉を表現できるのか、ひとりの脳障害児の奇跡ともいえる創作活動を見つめてみる、というものであった。

 放映時、私も感動の準備状態から見始めたのだが、どうもおかしい。文字盤を指差す少年の左手は母親の左手に支えられていて、その動きがあまりに速い。いくら慣れている母親とはいえ、即時に読み取れるものか、どうも文字盤を持った母親の右手の方が左手よりもよく動いている。おまけに少年の方は、文字盤を見ていなくてあくびをしたりしている。

 それに、ドーマン法による訓練は、首の据わっていない少年をうつむけに寝かせて、数人の大人が無理矢理手足を動かすというやり方で、どうも異常だ。言うことを聞かなかった1歳の妹に、きっちり時計を見ながら90秒間隔離するという罰の与え方も尋常のやり方ではない。私は、インチキくさいとは思ったが、障害児をもった親の生き甲斐ということを考えると、目くじらを立てて非難するのもためらわれた。

 放映後、NHKやインターネットの書き込みに多くの疑問の声が殺到した。本書は、放映された番組の問題点を整理して、NHKに事実の検証を求めたものである。

 本書を読むと、どうも障害児とその家族というだけの問題ではなさそうだ。ドーマン法という治療法は、医学的には認められていない民間療法で、誇大宣伝で親に期待を持たせ、骨折等の事故も報じられて、問題視されているものだという。金もかかる。24時間訓練させるため学校にもいけない、新興宗教の臭いもするし、「虐待」のおそれもある団体だというのだ。

 もしや、藁にもすがりたい気持ちの障害児の親達は、これまでの自分の怠慢を責めて、ドーマン法に救いを求める事態もおこりかねない。放映にあわせて、「NHKスペシャル「奇跡の詩人」で放映」と帯表紙のついた新刊書が発売されたが、このタイミングのよさ。これまで著書を出しているある出版社は、オウム真理教の本を多く出版していたところであるなど、社会的に、問題にしなければならない多くの点があることが分かる。

 私も思う。少年の両親を責めることはしたくない。障害児をもった親の苦労や心理を理解しよう。なによりも少年のことを第一に考えて、本当に制限の多い不自由な身体という事実を見据えた上で、すこしでもより快適な生活ができるように皆で見守っていこう。

 そのためには、疑問の多い映像を真実のように流して頬かんむりを決め込んでいるNHKに責任を持って検証してもらおう。ベストセラーで儲けている出版社にも責任の一端を担ってもらおう。ドーマン法の効果が本当のものなのか、虐待はないのかも社会的に監視の目を持とう。障害者の家族が、孤立して異常心理に走ることがあるとすれば、そうでない社会システムをより充実させよう。
異議あり! 「奇跡の詩人」
『異議あり! 「奇跡の詩人」』
滝本太郎、石井謙一郎 編著
同時代社
本体価格 1300円
発行 2002年6月



 筆者紹介
若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。
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